◆爆炎の女帝
「ひいっ……! 来た! 来たぞ!」
 あたしの姿をみとめた盗賊たちが、一斉に顔色を変えた。
 良い傾向だ。ここひと月ほど、がんばって盗賊退治の仕事を受けまくった甲斐があったというものである。こうして地道に知名度を上げていけば、『魔王選抜トーナメント』でも注目株として扱ってもらえることだろう。
 ……しかし。
 その後に盗賊たちが見せた反応は、あたしにとって非常に好ましくないものだった。
「とっ……〝盗賊団キラー〟だ!」
「〝死の紅デスクリムゾン〟だ!」
「〝ワガママ貧乳女〟のエキドナがやってきたぞーッ!」
 ぶちっ。
「……そのクッソダサい二つ名はなんなのよぉぉっ!!
 閃光。そして、爆発。
 あたし──エキドナが放った《灼熱球スパークフレア》によって、盗賊団は一瞬で壊滅した。

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──はい、捕虜の受け渡し承りました。たしかに街道沿いで大暴れしていた〝魔霧の遠吠え団〟ですね。懸賞金はあちらのカウンターでお受け取りください! お疲れ様でした!」
「はぁ……」
 ここはアジュリス街道沿いの宿場町。魔界の中でもとびきり治安が悪い地域……の中でも、比較的マシな治安を誇るエリアである。
 治安がマシなのは、『ギルド』のおかげだ。うちの父親──魔王キュクレウス──が人間界の文化を真似て『冒険者ギルド』を立ち上げ、あちこちにギルドのカウンターを設置して以来、魔界における『冒険者』の数は急増している。
 ちょっとしたおつかい、草木の手入れ、治安維持のためのごろつき退治などなど、冒険者がやる仕事は多種多彩だ。腕さえあれば食っていけるということで、冒険者は今や魔界における一大産業となりつつある。
 かくいうあたしも、今は冒険者として仕事を受けながら魔界各地を巡る旅を続けている最中だったりする。
 すべては四年後に開かれる『魔王選抜トーナメント』で優勝を勝ち取るためなのだが……。
「はぁ……」
「どうしましたエキドナさん。顔色が優れませんが」
「……言わなくてもわかるでしょ、お師匠様」
 酒場のテーブルに戻ると、同行者のシュティーナがローパー触手のホットドッグをちまちまと齧っているところだった。見た目はまだ幼いサキュバスそのものだが、実際のところは魔界随一の魔術の使い手であり、あたしの魔術の師でもある。
「二つ名よ、二・つ・名! あたしはもっとかっこいい名前で呼ばれたいのに、盗賊団キラーだのワガママ貧乳女だの……! これじゃあ知名度が上がっても肝心のハクがつかないじゃない!」
「ハク、そんなに大事なんですか」
「大事よ!」
 びしっ、とシュティーナに指をつきつけ、もう今月に入って三度目くらいの持論を力説する。
「魔王選抜トーナメントは、魔界中の猛者が参加する大戦おおいくさよ! 最後まで勝ち残って魔王になるには、ただ強いだけじゃダメなの。時には知名度やカリスマで周囲を味方につけ、出会っただけで降参するようなやつが出てくるくらいじゃないと!」
「はあ。今の二つ名ではだめなんですかね」
「ダメに決まってんじゃない! デスクリムゾン……はまあそこそこカッコいいから候補の一つとしてアリだとしても、残りは全然ダメでしょ! 〝盗賊団キラー〟なんてショボい二つ名を前に誰が降参するってのよ!」
「ひと月で30を超える盗賊団を壊滅させているんですから、〝盗賊団キラー〟は的確な二つ名だと思うんですけどね。〝ワガママ貧乳女〟も特徴をよく表してますし」
「二つ名にされるほど小さくねぇぇわよ!!」
「もう。やめてください、室内ですよ」

 あたしが腹いせに放った《雷撃》ショックボルトを、シュティーナが指一本で──それもホットドッグをちまちま食べながら──あっさりと相殺した。さすがサキュバス界きっての天才少女、魔術に関しては上位魔族にもひけをとらない。
 トーナメントに備えた武者修行として、一緒に旅をはじめて一年近く。あたしの方はロクな二つ名で呼ばれていないのに、シュティーナの方は聞こえのいい二つ名をいくつも貰っている。《奇跡の子》《降魔の君》《全能なる魔》……などなどだ。
 あたしの『盗賊団キラー』は、盗賊団を片っ端からすり潰していくあたしを見て畏怖した盗賊たちがつけた二つ名だが、シュティーナの方は違う。《奇跡の子》は600年前に実在したとされる大魔術師の幼年期の呼ばれ方だし、《降魔の君》《全能なる魔》なども過去の大魔術師の二つ名だ。
 強者同士が常に殺し合いを続ける魔界において、『歴史に名を残した強者と同じ名前で呼ばれる』というのは非常に名誉なことである。あたしも最終的にはそうなりたいのだけど──今のところは『盗賊団キラー』だ。ふざけている。泣きたい。

「そもそも、エキドナさんはどういう名前で呼ばれたいのでしたっけ」
 未だにホットドッグを半分くらいしか食べられていないシュティーナが、ふと口にした。
「やっぱり過去の強者の名前で呼ばれたいのですよね? 誰がいいんですか?」
「うーん、候補は色々あるのよね。《混沌の屍王》ベリアルだけは色々と特別だから無しとして、《赤い流星》とか《火焔光背》とか……でもやっぱり一番は、《爆炎の女帝》ね!」
「ほほう、ゾニカの二つ名ですか。渋いところをピックしますね」
 竜の魔女、ゾニカ。長く生きたドラゴンである彼女は、戯れに魔族の姿をとって人里に降りてくることもあり、これまた戯れに冒険者のようなこともしていたらしい。
 千年ほど前、西の大樹海で植物系の妖魔が大繁殖し、魔界一帯を飲み込まんとする『紫の津波』を起こしかけたことがあった。迫りくる植物の『壁』には当時の魔王ですら歯が立たず、魔界は邪悪な植物に支配されてしまうかと思われた──それをたった一夜で焼き払ったのが、《爆炎の女帝》ゾニカというわけだ。
「トーナメントまで四年。それまでにあたしは絶対に名をあげて、魔界中から『爆炎の女帝エキドナ』と恐れられるようになってやるわ。爆炎の女帝になって、魔王になって、ゾニカ様がやったように魔界の環境をがっつり浄化してやるのよ……!」
「はあ、そうですか」
「見てなさいシュティーナ! 通り名・二つ名ではあんたに先行されてるけど、必ず追い抜いてやるからね!」
「わかりました。がんばってください、盗賊キラーさん」
「盗賊キラーじゃなあああい!」
 あたしが腹いせに放った《雷撃》ショックボルトを、シュティーナがあっさりと相殺した。

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「……ふっ。ふふふふふ」
 ──魔王城、幹部居住区のテラス。
 お茶会の最中に急に笑いだした我を訝しんだシュティーナが、首をかしげた。
「どうかしましたか、エキドナ様?」
「いやなに。お前と旅をしていた頃のことを思い出してな。ほれ、あっただろう。いい感じの二つ名がなかなか手に入らず、我が苦しんでいたことが」
「ああ! ありましたねそんなこと」
 クッキーをかじりながら、得心いったようにシュティーナが手を打つ。
「あの頃のエキドナ様は、えーと……なんでしたっけ。盗賊団キラー?」
「そうだ、そう呼ばれていた。当時は納得いっていなかったが、まあ当然の話よな。通り名・二つ名というのは、本人の行動に大きく影響されるのだから」

 通り名、二つ名、別名、称号──言い方は様々だが、これらは本人の性格や性質をわかりやすくアイコン化記号化したものだ。
 たとえば魔王ベリアル。こいつが《混沌の屍王》の二つ名を持つのは、長きに渡る魔界史の中でこいつがもっとも多くの屍を積み重ねたからだ。3000年前にレオたちが暮らしていた世界──機械文明の世界を侵略し徹底的に破壊し尽くすという悪行を働いたばかりか、仲間であるはずの魔族すら平気で使い捨て、殺し、混沌を振りまいた。名は体を表すというが、まさしくこれは《混沌の屍王》の所業であろう。
 翻って、当時の我はどうだったろうか?
『武者修行のためにたくさんの敵と戦いたい』『だからその辺にうじゃうじゃいる盗賊団をブチのめそう』……確かに着眼点は良かったかもしれないが、やっていることといえば盗賊団を片っ端から叩き潰しているだけだ。そりゃ盗賊団キラーと呼ばれるに決まっている。
「名は体を表す、その逆も然り。威厳のある二つ名を手に入れたくば、それに相応しい振る舞いを身に着け、相応しい行動を日々積み重ねていかなくてはならん。……ふふ。そんな簡単なことにも気が付かないとは、当時の我はなんとも青臭かったものだ。お前にも苦労をかけたであろう」
「苦労をかけたといえば、私も似たようなものでしょう」
 ティーカップを置いたシュティーナがふるふると首を振る。
「当時の私はずいぶん生意気でしたし、歳上に対する敬意も持ち合わせていませんでした。青臭かったのはお互い様ですよ」
「ふ。確かにな」
「また旅に出たいですね。あの頃みたく二人で。今度は魔界ではなく、人間界の各地を巡ってみるのはどうですか?」
「……それは流石に無理であろう。魔王軍を大きく方向転換させたとはいえ、我は元・侵略者だぞ」
 シュティーナからの提案にかぶりを振る。
 レオが魔王軍入りして数ヶ月。人間界と魔界の和平を目指す我が魔王軍は、様々な平和的事業に参画し世界各地でのイメージアップを図ってきた。既に近隣区域では、魔王軍という呼び方よりも『エキドナ・カンパニー』という名前の方が一般的になりつつあるし、我のイメージも『悪の魔王』から『なんか色々やってる複合企業の社長』に近いものになりつつある。
 しかしそれでも、我は侵略者だ。いくら魔界を救うためとはいえ、《賢者の石》を目当てに人間界に侵攻し、世界中を混乱の渦に陥れた。そんな奴が呑気に旅行など──

「〝そんな奴が呑気に旅行など、できるわけがない〟。エキドナ様のお考えはそんなところでしょうか」
「心を読むな心を!」
「大丈夫ですよ。人間界の住人はだいぶ逞しく、そして流行に敏感です。このあいだ戯れにエキドナ様の二つ名を──人間界での二つ名を調べてみたのですが、エキドナ様を〝悪の魔王〟扱いしてる人は皆無でしたよ」
「……では聞くが。我は巷で、人間たちから、なんと呼ばれているのだ?」
 聞いてしまったのを一瞬後悔した。
 自分の評判を調べる──古代文明において『エゴサーチ』と呼ばれるこの行為は、いつの時代も諸刃の剣だ。エゴサによって悪い評判を目にし、それによって精神を病んでしまった人物はいくらでもいる。
 我はいったい、なんと呼ばれているのだろうか。
 盗賊キラー……はないだろう。人間界に来てから我が直接倒した盗賊団はせいぜい二桁程度だし。
 貧乳ワガママ女……これもない! 我もあの頃より多少は成長したし、そもそも〝素のエキドナ〟はレオやシュティーナの前ですら滅多に見せていないし!
 そうなると、だ。人間たちから一番呼ばれたくない二つ名は、《爆炎の女帝》かもしれない。
 炎を得意とする我は、レオとの戦いでも多くの炎系呪文を用いた。奴との戦いは熾烈を極め、魔王城から遥か離れた聖都レナイェの空ですら真っ赤に染めたと言われるほどだ。エキドナ=爆炎というイメージは『侵略者としての魔王エキドナ』の象徴そのものといえるだろう。ああ神様。どうか、物騒ではない二つ名がついていますように……!

「ええとですね。人間界でのエキドナ様の二つ名、トップスリーですが」
「う、うむ」
3位は、ここ最近色々な事業に手を出してることからついた〝なんでも屋のエキドナ〟。2位は〝貧乳ドラゴン娘のエキドナ〟──エキドナ様はそこまで小さくは無いと思うのですが、私がいつも隣にいるのが原因でしょうね」
 シュティーナが自分の胸と我の胸を交互に見比べた。
 一緒に旅をしていた頃のぺたんこシュティーナとは違い、今のこいつは実にサキュバスらしい成長を遂げている。……ちょっと発育がいいからって調子に乗りおって!
 3位と2位だけでも大概なのだが、1位は更に酷いものだった。
「そして1位は! レオに負けたのに人間界に図太く居座っていることを揶揄した──〝ド根性のエキドナちゃん〟です。ちゃん、がついてるあたり、なかなかに親しまれていると思いませんか?」
「…………なんなのよそのクッソダサい二つ名はぁぁぁ!!
 あたしの悲痛な叫びが、セシャト山脈にこだました。
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